2017年8月13日、晴れて26歳の誕生日を迎えることができました。
彼女や友人達に囲まれて迎える誕生日は非常に楽しく、自分も次は思いっきり祝ってあげたいなと思える素晴らしい経験でした。

25歳では「脱サラ、無職、起業、無職、起業(2回目)、オフィス開設、大手企業との連携」など非常に多くの経験をしました。
1年前は大学院を卒業し、会社員としてベンチャー企業へ就職した全くの無名の存在でした。
それが現在では、会社を経営、他社のCDO(Chief Data Officer)も兼任、大手企業の法人研修、マイクロソフト・Preferred Networksの人材育成トレーナー、自著本を2冊執筆、Webメディアのコラムを複数担当させていただけるようになりました。

この人生の転機となる非常に多くのことを経験した25歳を、記憶の鮮明な今、その「経験」を書き残します。

 

25歳夏

1年前の私はその年の4月に新卒で入社した株式会社SHIFTでエンジニアとして働いていました。

社長の直下で働ける恵まれた環境であり、社長の帝王学を肌で感じ、実務で百戦錬磨の優秀な上司達に指導していただきながら、入社直後にも関わらず新規プロジェクトのWebアプリ開発や、R&D立ち上げを行い、様々なデータを解析しては社長へプレゼンできる機会がありました。
当時の私は、初めての社会人経験であったため、恵まれているのは気づいていましたが、それがどれぐらい恵まれているのかは全く気づいていませんでした。
上場社長が毎週自分たちのためだけに1時間ミーティングの時間を割いてくださる。
いま思うと、毎回毎回準備不足の粗削りな資料であったにも関わらず、議論を重ねてくださった社長に頭が上がりません。
それだけ育ててくださろうと配慮していただいていたに違いありません。
そのような配慮には気づくことすらできず、私はもっと挑戦してみたい、与えられたお題でなく、自分で決めたビジネスで成功してみたいと、利己的な考えがどんどん膨らんでいました。

そして、間も無く退職の意思を伝え、友人と3人で会社を設立します。

いま、自分が小さいなりにも経営を経験し、人のマネージメントも経験し、SHIFTの社長、並びに上司の方々に大きく迷惑をかけたことに気づきました。
退職後すぐに謝りに行きましたが受け付けてはいただけず、周りの方からは「会社を経営して数年経てば、社長の気持ちがわかるよ」と言われており、全てを到底理解できているものではありませんが、誠に申し訳なかったことをしてしまったと猛省しています。

しかし、後悔は先に立たず。

このSHIFTという素晴らしい会社出身であることを誇りに、将来的にはPayPalマフィアならぬSHIFTマフィアと呼ばれるよう、今の会社を成長させ、必ず社長にあの時のお礼を伝えに参ります。

 

 

25歳秋

ここからが、起業家としてのはじまりです。

7ヶ月間と短かった会社員経験を経て、友人3人と株式会社Caratを創業しました。
会社の中で出会った松本くん、斎藤さんと「人が人らしく生きられる世界を作ろう」とサービスを考え始めました。
エンジニア2人体制であったため、私自身が機械学習、斎藤さんがアプリケーション実装を強みとしていたため、プロダクトを使り、即ローンチして仮説検証し、といった日々を送ります。
3人でシェアハウスをしていたため、夜な夜な議論を重ね、次の日に必要最低限の機能のみを備えたプロダクトを完成させローンチという極めて早いサイクルでした。
C向けのサービス開発を経験された方にとっては当たり前の話ですが、いきなりユーザーがつく訳はないため、焦りが少しずつ積もっていきました。
COOとして、この会社を存続させつつ、かつ大きくするにはどうすれば良いだろう。
そんなことを毎日ずっと考えていました。

キャッシュを早く効率良く入れることができる手堅いサービスと、その生み出したキャッシュを使って、C向けの大きなサービスが当たるまで粘ろう。

これが私の出した答えであり、ここで生まれたサービスが「キカガク」です。
教育であれば自分の得意な勉強を教えるだけなため、事前の準備も必要なく、社会人をターゲットにすれば単価も高く設定できる。そうすれば、キャッシュを生み出す時間を極力短くでき、多くの時間を開発にかけられる。

ここから、松本くんと斎藤さんの許可を得ずにこっそり始めたフライングスタートでしたが、1日でWebサイトを作り、オンライン家庭教師としてキカガクがスタートしました。
また松本くんがプログラミング教室を開催している知り合いとディスカッションした際に、集合形式で教えることにも需要がありそうと気づき、とりあえずConnpassで募集をかけてみることに。
需要があるのかは半信半疑でしたが、5名の方が応募してくださり、2016年最後の仕事として、記念すべき「脱ブラックボックスセミナー」の第1回を終えました。
もちろんイベント開催は初めてであるため、お金をもらったら領収書が必要なことも知らず、お客さんに言われて気づく、プログラミングの環境構築も手順書を使っていないため、個人差の激しいエラーが出たりと、たくさんの失敗がありましたが、お客さんからは「とてもわかりやすかった」と言っていただき、今でもこの経験が糧になっています。
初めて自分達でお金を稼いだ瞬間であり、売上げが2日間で15万円でしたが、3人で喜び、とても嬉しい経験でした。

しかし、確かに、キャッシュを生み出すことが出来たのですが、この金額ではサービスを作っていく体力を生み出すことはおろか、自分達の生活を続けていくことすらできません。
その苦しみの狭間を抜けるため、社長である松本くんがVCへ資金調達のプレゼンに毎日奔走してくれ、そのお陰で資金調達に成功します。
起業前に「自己資金で頑張っていこう」と決めましたが、甘くない現実。
起業前に本を読んでいたときには、まずは自分達の貯金で耐えれば良いでしょ!ダメなら受託で!と、軽いノリで考えていましたが、1ヶ月間でも精神的になかなかすり減るものでした。
VCからの資金調達の受け入れをどうするかと3人で議論しあったあの夜はおそらく一生忘れない思い出です。

 

 

25歳冬

理想と現実の厳しさの狭間においても、私はどうしてもこのタイミングでの調達を受け入れることができませんでした。
年末年始に時間を使って、なんとか自己資金だけで会社を回していけるような事業計画書を作りました。
ただし、コンサルティングや教育に、半分程度は時間を割くものとなっていました。
事業計画は社長が作るものだと思っていましたが、それでも自分たちの会社は自分たちの思うように思いっきり挑戦したい、そんな思いから、私自身が作成した事業計画書をメンバーへ提案し、お互いにあまり納得のいかない方向へと進んでいっていました。

そして、年始にメンバーが帰省した際に、キカガクを法人として、自分の会社で立ち上げさせてほしいとお願いをしました。

一緒に会社を辞めて独立しようと言ってくれていたメンバーと離れ離れになることが非常に悲しかったのですが、私自身の我を通すと、Caratの2人の足を引っ張ってしまう。
そんな苦渋の決断でした。
創業間もないタイミングでの脱退で迷惑をかけ、本当に申し訳なかったと思っています。

今でもランチに誘ってもらって行くことがあり、Caratのメンバーには、本気で頑張って欲しいと思っています。
無事に調達も成功したと聞いており、日本中や世界中で使われるプロダクトとなることが楽しみです。

 

そして、2017年の年始早々、私は株式会社Caratも退社し、株式会社キカガクを立ち上げるべく準備を始めました。そして、2017年1月17日、株式会社キカガクとして法人登記を行いました。

この日に決めた理由はなく、Caratを退職した日から最短で手続きを行って法人登記できる日がこの日であったため、「即断即決の記念日」としました。

資本金は50万円、会社員時代の7ヶ月で貯めた貯金のほぼ全てを会社の資本金に投入しました。
俗に言う「貯金0」。
お金が全くなくなりましたが、意外にも恐怖はあまりませんでした。

大学院時代はバイトをする余裕なんてまったくなかったため、親からの仕送りでなんとか生き延びられるようにやり繰りをする技術は身に付いていましたし、本当にお金がなくなれば、近くにあるサイゼリアにバイトをお願いしに行こうと思っていました。
会社員になってからも、起業のためにずっと貯金をしていたため、学生時代から生活水準がほとんど上がっておらず、どれだけ貧乏でも耐えぬける自信があり、この力に大きく助けられました。

一度上がってしまった生活水準を下げることは難しいため、起業は遅くなればなるほど、稼がなければいけない金額が大きくなり、その分だけ博打が打てなくなります。
そういった点では、月に10万円稼げれば大丈夫な私にとって、起業という選択はそれほど危険ではない選択でした。

会社を設立して2〜3ヶ月程度は、あれよこれよとイベントを沢山開いてみたりと、思いつけば即行動の日々でした。
授業の内容自体を作ることは、あり余る時間を使えば、ほとんど問題なかったのですが、問題は集客でした。
いままで、集客をした経験なんて全くありませんし、セミナー自体を売り込むために営業に行っても、キリがないなと感じていました。
有料のセミナーへ集客するために、無料のセミナーを開催することは定番としてよく使われるのですが、場所を借りるお金もなく、本番の有料セミナーを開催する頃には、会社が倒産してしまっています。
しかし、最初から有料のセミナーに来てくれるほど、全くといって知名度はないため、集客も全然うまくいかない。

そんな中で考えついたのが、平日の夜に「参加無料」のイベントを開催することでした。
名付けて「キカガクNight!」
参加が「無料」であれば、connpass等で集客する勉強会に参加するユーザーが参加しやすいためです。
そして、このイベントでは、
「面白ければその分だけお金を払ってください。面白くなければ、もちろんお代は結構です。」
と言ってスタートしていました。
あとは、精一杯、講義を行うのみです。

結果は「大成功」

イベントの場所代はあっという間に集まり、このイベントだけでも、生活をしていける程でした。
そして、このイベントの盛況にともなって、有料のセミナーも参加者がぐんぐん増えていき、会社として成り立つほどの売上が上がるようになりました。

ただし、このイベントやセミナーを成功させられたのも、会社員時代に作っていた恐るべき上限金額を持っているクレジットカードのおかげです。
イベントの場所を借りることができれば売上が上がることがわかっていたのですが、そのセミナーの場所代が2日で10万円近くすることもあり、手元の現金では払うことができませんでした。
そこで、イベント場所代をクレジットカードで支払い、セミナー代を現金で回収し、クレジットカードの引き落とし日に間に合わせるといったことを毎回行っていました。

この話をすると、「結構チャレンジングなことするね」と笑い話になるのですが、借金もできない、外部からの調達もできない状態の私にとっては、この「クレジットカード」のお陰で自分の商売が成り立ち、本当に助かりました。
この時にどれだけキャッシュが入りやすい商売であったとしても、ある程度は先に出るお金があることを学びました。

福岡でLINEのオフィスをお借りしてセミナーを開催したり、京都や大阪でセミナーを開催したりと、自分の活動できる範囲を増やしていきました。

 

 

 

25歳春

セミナー開催の回数が増えてきたこと、安定的にセミナー場所を抑えることが難しくなってきたことも考慮し、自社のオフィスを借りようと決め、動き始めます。

しかし、オフィス探しは思った以上に難航します。
詳細は以前書いたブログにありますが、やはり「信用」が不足しているためです。
セミナールーム用に使える場所であってほしかったため、最低でも30名は入る広さが必要ですが、通常のオフィスでは10〜20名程度の従業員が働ける大きさのため、創業後数ヶ月の何の信用もない企業に貸してもらえる物件なんて、探せど探せどありませんでした。

▶ 起業後にオフィスを借りることがこんなに大変だとは思ってもみなかった件 | キカガク代表のブログ 

 

「池袋にもしかしたらいけるかもしれない物件が1件だけ見つかりました!」

不動産屋さんから電話がかかってきた時は、その電話を聞いてすぐに物件へ駆けつけました。
大家さんと直接会うことができないため、その仲介の人へ事業内容や自分の人となりを精一杯アピールしたことを覚えています。
その日に私以外にも見学に来ていた人がいたこともあり、
「弊社であれば今日即決できます!ここに決めました!最高の環境です!」
と不動屋さんと組んで、猛アピールしたことも懐かしい思い出です。

そういった努力の結果もあり、無事、現在の池袋にあるオフィスを借りられることとなりました。

▶ 池袋オフィスが完成!記念パーティーとセミナーを開催 | 株式会社キカガク

 

 

そして、オフィスを借りた早々に、一通の問合せが届きます。

「マイクロソフトがPreferred Networksと戦略的協業を組み、そのデータサイエンス人材の育成を担当してくれる企業を探しています。」

こんなタイミングが良すぎる話があるのかと目を疑いました。
弊社のセミナーではディープラーニングのフレームワークとしてChainerをお伝えしており、日本製という贔屓目もありましたが、やはり設計や使いやすさといった点でGoogleのTensorFlowよりも優れていると自分が自信を持って話せるため、Chainerを選択していました。
このChainerを公認でお伝えできる日が来るのだろうか。
そういった期待を胸に、マイクロソフトの方と初めてお話をしました。

朝7:30と非常に早い中、マイクロソフトの方に池袋のオフィスまでお越しいただき、その場で意気投合、一緒にやっていきましょう!と決まりました。
そうと決まれば、次のステージとして、マイクロソフトの執行役員の方とPreferred Networksの社長へのプレゼンです。

「教育によって、日本のデータ解析分野の基盤を作り、産業へ応用できる人材を増やすことが弊社の使命であり、AzureやChainerという素晴らしい技術を弊社から多くの方へお伝えさせてください。」

珍しく冷や汗が止まらないプレゼンであったことを、今でも鮮明に覚えています。

プレゼンの結果は「OK」

マイクロソフト執行役員の田丸さん、Preferred Networksの西川社長から「ぜひ弊社もこの教育へ全力でご協力します」とのお言葉をいただきました。
そして、このお言葉に応えるべく、全力で教育を頑張っていこうと決意しました。

▶ プレスリリース:マイクロソフト・Preferred Networksの人工知能分野における人材育成施策に参画 | 株式会社キカガク

それから、3週間後の2017年7月19日に記念すべき第1回のディープラーニングハンズオンセミナーを開催できました。
開催決定から開催までの3週間、練りに練ったカリキュラムを使ってお伝えし、受講生全員から「満足」といった回答をいただけるイベントとなりました。

▶ 【満足度100%】第1回ディープラーニングハンズオンセミナーを開催 | 株式会社キカガク

 

 

そして、26歳夏

「0→1」を経験した25歳。
この経験を糧に、つぎは「1→10」を成し遂げる1年となります。

26歳の目標を3つ決めました。

  • 本を3冊出版する(現在2冊執筆中)
  • 国の教育事業へ参入する
  • 世界を1周する

これからも、日本や世界の産業を盛り上げるべく尽力してまいりますので、何卒お力添えのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 

株式会社キカガク 代表取締役社長
吉崎 亮介